
思い出が詰まった家と涙の別れ。
でも、涙の先には笑顔があった。
あれは、私が注文住宅の営業の仕事をはじめてまだ間もない頃。
「家を建て替えたい」という、一通のご相談メールが会社宛に送られてきた。
メールの送り主は東京に住む40代の男性で、
新人の私がそのお客様を担当することになった。
その男性は東京に住んでいらっしゃるものの、出身は大阪。
ご両親は男性が生まれ育った大阪の家で今も暮らしており、
「両親が暮らす実家を建て替えたい」
というのが男性からのご相談内容だった。
詳しく話を聞いてみると、
「両親は高齢で、
母は足が悪く二人のことが気掛かりだけど
僕は東京で仕事をしていて、
一緒に暮らすことはもちろん
頻繫に実家に帰ることもままならない。
今の自分にできることは何かを考え
両親に安心して暮らせる家を贈りたいと思った」
――とのことだった。
これは、ただの家の建て替えのご相談ではなく、
離れて暮らす息子さんからの精一杯の親孝行のご相談だったのだ。
「段差のない家にしたい」
「昇降機をつけることはできるだろうか?」
「玄関前はスロープにして手すりもつけたい」
「ヒートショックを防ぐために全館空調にしよう」など、
男性が口にする家づくりへの要望は、
その一つひとつにご両親に対する深い愛が込められていた。
当時まだ新人だった私には、
正直少し荷が重い仕事だったけど
精一杯の親孝行を私も精一杯お手伝いしたいと思った。
契約云々よりも、ご両親のことを想う男性の気持ちに
私も何とかして応えたいと思ったのだ。
そして打ち合わせを重ね、ご両親への想いが詰まった家が完成。
お引渡しの日、新しくなった家を目の前にしたお母様の瞳には大粒の涙が。
そして、お母様のことを見つめる男性の口元には穏やかな笑みが浮かんでいた。
あれから何年か経ち、たくさんの家づくりをお手伝いしてきたけれど
今も、あの時のお二人の顔は忘れることができない。
わたしにとって、とても美しく忘れられない大切な思い出だ。